電車の中、Tシャツ姿の小太りなおじさんが、チャールズ・ディケンズの『大いなる遺産』 を読んでいる。
それは私にとって、メルボルンを象徴する光景でした。
日本では車内でスマホを見る人が多いですし、そもそも満員電車では身動きがとれません。
しかしここメルボルンでは、トラムや電車の中で読書を楽しむ人がたくさんいます。
日本のようにポケットサイズの文庫本はほとんどないので、みんな分厚いペーパーバックをひざの上に乗せて読んでいるのです。
メルボルンにはチェーンの新刊書店のほか、個人経営の歴史ある本屋、古本屋もたくさんあり、「ここは本が好きな人がたくさんいるところなんだな」と思わせます。
そして「読書の秋」を楽しむのは、オーストラリアも同じ。
秋真っ盛りの5月の週末、ちょっと珍しいイベントに行ってきました。
その名も“Clunes Booktown Festival”。
今年(2018 年)は5月5日と6日に開催されました。
Clunes という小さな町全体がイベントスペースとなる、本好きには垂涎もののイベントで す。
本の町Clunesへ
本の町というと、日本では神保町が思い浮かぶかもしれません。
神保町でも、町全体で古書祭りを催したり、書店同士が連携して本の普及をはかったりしています。
さてここClunesは、メルボルンのSouthern Cross駅から電車(Vライン)を使って2時間半ほどの小さな町。
神保町のように東京という都会の中にあるわけではなく、年に一度のブック・フェスティバルの日には、わざわざ遠方からも本好きが集まることになります。
フェスティバル期間中は V ラインの特別便が出ているので、それに乗るとスムーズに移動できます。
当日の朝、早起きして8時すぎの電車に乗り、Clunesに着いたのが10時半少し前。
小さな駅を降りると、ところどころにフェスティバルの看板が見えてきます。
会場となっている町の中心部まで歩く途中にも、古本のガレージセールや場外の店舗に本が並んでいるのが見えました。
期間中はタウンホールや博物館のある中心エリアが区切られ、その中に、書店のブースやカフェ、ステージ、フード・コートが入っています。
入り口は写真にあるように本の形をしていて、まるで物語の中に入って行くようでワクワクしました。
入場料10ドルを払い、缶バッジとパンフレットを受け取ります。チケットがわりの缶バッジをつけていると、期間中の出入りが自由になります。
店舗や来場作家のリストが記載されたパンフレットは、その日一日のまわり方を組み立てるのに役立ちました。
Clunesはビクトリア州の中の歴史あるゴールド・ラッシュの町。
1800年代の当時の街並みを残し、町を印象付けています。
そこに置かれた古本やアンティークの品々は映画のセットのような街並みに溶け込み、単なる古本まつりではなく、まるで200年近くタイムスリップしたような、不思議な感覚を与えてくれました。
では、実際に会場をまわってみましょう。
ブックタウン・フェスティバルの3つの楽しみ
フェスティバルの楽しみ方は人それぞれですが、私は次の3つのことを満喫しました。
- 本を探す
- 本に関連するイベントに参加する
- Clunesの町を知る
初めの「本を探す」は、ほら、見てください。
受付をすませて会場に入ると、本のブースがずらり!
地元の古書店のほか、ReadingsやThe Book Grocerなどのチェーン店も出店しています。
稀少な図書、子ども向けの図書、ありとあらゆる本がとりそろえられ、一軒一軒見ているとあっというまに時間が過ぎます。
ハンドメイドの帽子やアクセサリーなどの雑貨が売られていたり、子どもが遊べるスペー スもあるので、家族連れもそれぞれ楽しみをみつけられそうです。
また、ブリキのおもちゃなどのヴィンテージ品を売る店や、ちょっと変わった像もあったりして、町の散策は飽きることがありません。
次に、「イベントに参加する」。
このフェスティバルには子ども向け・大人向けのアクティビティやイベントが種々用意されています。
私が興奮したのはReadingsブース。作家が入れ替わりで来訪しており、サインをもらえる場が設けられていました。
私はオーストラリアの作家に詳しくないため、直感で「この人かっこいい!」と思ったショート・ヘアの児童書作家の本を買い、サイン待ちの列に並びました。
外国人の作家と話すのは初めの経験。英語でつっかえながらお礼を言うと、気さくに応じてくれて胸が熱くなりました。
会場内の野外ステージではコンサートも開かれており、誰もが知っている有名な曲を演奏していました。
生演奏を聴きながら本を選ぶのも、贅沢な時間です。
そのほか、タウン・ホールなどで講演会が催されたり、ウォーキング・ツアーや夜のゴースト・ツアーもあるようです。
私は当日夕方にClunesをはなれましたが、一泊して2日間まるごと楽しむ人々がうらやましくなりました。
最後に「Clunesの町を知る」。
せっかくの遠出、その町についても知りたいと思い、フェスティバル会場内にあるClunes Museumを訪れました。
上に書いたとおり、この町は以前に紹介したバララット同様、ゴールド・ラッシュの町の一つ。
小さな地元の博物館、という感じの展示スペースには、コカ・コーラの缶と金の重さを比較するコーナーもあり、金と町の歴史的なつながりを教えてくれます。
会場からほど近いQueens Parkにも、ここがゴールド・タウンであったことを示す看板がありました。
1日がかりで本を探しまわって疲れたら、少し休憩。
ベトナム料理、ギョウザ、パエリアと、多彩なメニューが並ぶフードコートで食べ物を調達してもよし、いくつかあるカフェの一つに陣取ってもよし。
私は白壁の明るいカフェに入り、ラテを飲んで、1日を振り返りながら身体を温めました。
電車の時間が迫るなか、後ろ髪をひかれながら会場をあとにし、まだ開店しているガレッジ セールでオーストラリアの紀行本を購入。
少し⻩色やオレンジに染まった木々を横目に、駅に戻ります。
これでブックタウン・フェスティバルの⻑い1日も終わり!と思いきや、駅の中にも “Books At The Station” として古本がずらり。
電車が到着するその瞬間まで本の海の中を泳ぐような、心地よい疲れをともなう休日となりました。
私がこのフェスティバルを特別印象深く思うのは、活字中毒者の私にとって夢のようなイベントだったというのはもちろんですが、次の2つのことを目の当たりにしたからだと思います。
メルボルンやバララットなどの都市から離れていても、多くの人を集める力が本にはある ということ。
そして、町全体に一貫したテーマを持たせることで町おこしが可能だということ。
このイベントの今後の展開を、これからも見守っていきたいと思います。
(ライター:NAO)