動物園は子どもが行くものだなんて、誰が決めたのでしょう?
メルボルンには、動物園や水族館がいくつもあります。
広大なオーストラリアの南東部に位置し、しかも海辺で南極も近いとなれば、多種多様な動物が集められているというもの。
それぞれ特色ある園の、どこに行こうか迷うほどです。
私はオーストラリアの固有種を見ながらのんびりと休日を過ごしたいと思い、動物園のメンバーシップカードを買いました。
そしてそのカードで入場できる3つの動物園を一人でめぐり、おおいに楽しみました。
動物園は大人の遊び場でもあります。
大人だからこそ見えるものもあります。
見逃すには惜しいこの3園の特色を、キュートな動物たちとともにお伝えします。
世界で3番目 伝統のメルボルン動物園
メルボルン動物園(Melbourne Zoo)は1862年に開園した、世界で3番目に古い歴史ある動物園。
もちろん、オーストラリアでは最古です。
市中心部から58番トラムで15分前後北上すれば、都会とは雰囲気を異にする公園の中。
この動物園は、その一画にあります。
ビクトリア・マーケットからも近く、観光にはちょうどよい動物園といえるでしょう。
さて、動物園に入る前に、メンバーシップカードについて説明します。
メンバーシップカード(Zoos Victoria Membership)を購入すると、メルボルンの3園に1年間行き放題となるほか、他都市の提携動物園で使用できたり、限定イベントに参加できたりといった特典がついています。
メルボルンの動物園は、子どもは無料で入ることができますが、大人は一度の入園に30ドル以上かかります。
正直言って高い。
対してメンバーシップカードは1年間で108ドル(2018年3月現在)。
4回行けば割安になる計算です。
メルボルンの語学学校に通っている私は、「放課後ふらっと由緒ある動物園に立ち寄るなんて、すごく素敵だ」と思い、学割でメンバーシップカードを購入しました。
さて、動物園に入りましょう。
メルボルン動物園は、
「Lion Gorge(ライオンの谷)」
「Gorilla Rainforest(ゴリラの熱帯雨林)」
「Australian Bush(オーストラリアの森)」
「Trail of the Elephants(ゾウたちの道)」
などのゾーンに分かれており、アシカやペンギンなど海の動物や爬虫類もいます。
つまり、オーストラリアの固有種のほか、ゾウやキリンなど他地域の人気の動物も見ることができる、王道の動物園。
そして王道であるため物珍しさはないのでは? と思いつつ歩を進めましたが、なかなかどうして、広大な敷地は日本の動物園とは違う面白さを見せてくれました。
この動物園では携帯電話のリサイクルをはじめ、さまざまな観点から環境保護の重要性を説いています。
生態系の保護を訴えるのは何もオーストラリアの専売特許ではなく、日本でも他の国でも同様です。
しかし私はここで他とは段違いの「本気度」を感じた。
というのは、オゾン層の破壊による紫外線の増大は、オーストラリア人の健康にダイレクトに影響を与えているからです。
皮膚ガンをはじめとする各種皮膚病は、オーストラリア人にとって大きなリスク。
これ以上環境破壊が進んだら、文字どおり死活問題に違いありません。
メルボルンの日差しは明らかに東京よりも強く、湿気が少ない分東南アジアよりは過ごしやすいものの、「うっ、紫外線がイタイ」と思ったことは数知れず。
秋になった現在でも、私はスーパーで買った1リットルの徳用日焼け止めを毎日塗りたくっています。
そしてその「本気度」をさらに感じさせるのが、パームオイルの展示。
パームオイルを得るための森林伐採が、オランウータンの生存を脅かしているという内容です。
この動物園ではパームオイルを使用した菓子やシャンプーなど、スーパーでよく見かける製品が認証を受けているかどうか、つまり環境にやさしいかどうかを示しています。
企業への忖度を感じさせない? 展示のように思えました。
ほかにもキュートなレッサーパンダやせわしなく動くミーアキャットもいたりして、「動物園なんてしばらく行ってない」「動物が特に好きなわけじゃないんだけど」という人も気軽に楽しめます。
オリジナルグッズの充実した土産屋も楽しく、「さすが由緒正しき動物園」と思わせてくれました。
固有種の宝庫 ヒールズビル・サンクチュアリ
ヒールズビル・サンクチュアリ(Healesville Sanctuary)は市中心部から東側にあり、公共交通を使うと中心部から電車でLilydale駅まで約1時間、さらにそこからバスで40分ちょっとの道のりです。
メルボルン動物園と違って、……つまり行くのがめんどくさい。
ヤラ・バレー近くに滞在したり、ツアーに参加したり、車で移動できるのであれば、さほど不便を感じずにすむでしょう。
しかしそんな贅沢は難しいということで、私は「ああめんどう」と思いながら公共交通を使って行きました。
そして結果は、「ぜーったい行く価値アリ!」。
駅周辺に見る場所もあって、好奇心が満たされさらに溢れ出る、忘れがたい1日になりました。
サンクチュアリに向かう前に、メルボルンの公共交通について補足しておきましょう。
メルボルンでは、mykiという、日本でいえばSuicaのようなカードを使います。
1日の上限が設定されており、決められたゾーン内であれば、どれだけ乗っても上限金額以上引かれることはなく、ゾーン内で長距離移動するとお得な仕組みになっています。
長期滞在している場合は定期券 (myki pass)、短期でも7日間のパスを買うと、1日あたりの金額が割安になります。
また、休日のバスの本数はとても少ないので、あらかじめ調べて行くことをおすすめします。(ビクトリア州公共交通ホームページ)
さて、そうやって市中心部から電車の終点Lilydale駅に着き、さてバスの時間を見ると、次のバスが来るまで1時間半以上!
しかし駅の中にある観光案内のパンフレットを見ると、見るべきものがいくつかありそうです。
私向かったのは、Yarra Ranges Regional Museum。無料の地域博物館です。
近くのMAIN Streetにはおしゃれなカフェが何軒かあり、この博物館自体にも公園に面してカフェが併設されていて、どこも地元の人々でにぎわっていました。
この博物館では周辺地域の自然や歴史、メルバ(Melba)という同地域ゆかりのオペラ歌手などについてコンパクトに解説しており、動物園に行く前の予習にもなります。
小さな、しかし良質な展示の博物館です。
そこからMAIN Streetの反対側へ進むと、Lilydale Lakeがあります。
大小色とりどりの水鳥を見ながら、1周約1時間ほどのウォーキングコースを散策すると、水遊びをする子どもや、ベンチでくつろぐカップル、ラジコンヨットを夢中で操作する中年男性たちなどとすれ違います。
風が気持ちよく、なんてピースフルな休日! という気分になりました。
さて、いよいよバスに乗って、牛が牧草を食むのどかな風景の中を進むこと40分。
ヒールズビル・サンクチュアリに到着です。
ここではまず、ショー(「Tales from Platypus Creek」(カモノハシ)、「Spirits of the Sky」(猛禽類とオウム))の時間をチェックし、それに合わせて見学コースを組み立てるとよいでしょう。
オーストラリアといえばコアラ、カンガルーなどの有袋類が有名です。
が、オーストラリア周辺の固有種にはさらに上をいく変わった……奇妙な……、そんな動物もいます。
その代表格が、ハリモグラ(echidna)。
トゲに覆われた姿はヤマアラシやハリネズミを連想させますが、それらよりももっとインパクトがあります。
大きさはウサギくらいでしょうか。長いくちばしも奇妙です。
はるか昔から生き抜いてきた原始的哺乳類で、腹部の袋に卵を生み、その子は乳を飲んで育つそう。
私の常識などちっぽけなものだ……と、もそもそっと動く姿を見ながら驚嘆しました。
カメラ目線でポーズをとるかのようなコアラや、ちょっとぐったりしているカンガルーを見ながら進みますと、動物病院(Australian Wildlife Health Centre)に行き当たります。
別の場所にはカエルとポッサムの保護場もあり、タイミングが合えば、ピグミー・ポッサムに餌をやるところを見ることができます。
動物の保護の現場も見学できるのが、この動物園の特徴の一つです。
ヒールズビル・サンクチュアリに限りませんが、展示方法には日本の動物園と大きな差があります。
日本では「オリや囲いの中にいる動物を、外から見学する」。
しかしここでは、「人間が囲いに入って、内側から動物を見学する」。
これはLyrebird Aviaryという巨大な鳥類飼育場の中にある、物見やぐらのような、ツリーハウスのようなもの。
人が出入りしても、二重扉を採っているため鳥が外に出ることはありません。
鳥舎に限らず、動物が飼われているのを見るのではなく、動物が生活しているところに人間が入っていく、という気分です。
動物たちと人間を隔てる柵の、ひょいっと乗り越えられそうな低さ。
まわりでスタッフが監視していることもなく、広大な国土を持つ国ならではのおおらかさを感じます。
そのほか、暗く長い建物の中をすうーっと泳ぐカモノハシ、羽を広げた姿が迫力のペリカン、オーストラリアの歴史と切り離せないイヌ・ディンゴなど、時間をかけて見学したいものです。
この地域のアボリジニの歴史・文化をたどる道やピクニックのできるイベント・スペースもあり、オーストラリアをぎゅっと凝縮したような動物園でした。
アフリカのサファリへ ワラビー・オープンレンジ動物園
残るもう一つの動物園は、ワラビー・オープンレンジ動物園(Werribee Open Range Zoo)。
便利なシャトルバスも市中心部から出ているようですが、ヒールズビル・サンクチュアリ同様、安く行きたい人は公共交通を選ぶとよいでしょう。
こちらはヒールズビルよりも時間はかかりません。
まずは電車でWerribee駅へ。
急行で市中心部から約40分ほど、そこからバスに乗り換え、15分くらいで到着します。
ここのコンセプトは「Escape to a Safari Adventure」。
アフリカのサファリが、メルボルン近郊に現れるのです。
この動物園の目玉はなんといってもサファリツアー。
入園料にはサファリバスでのツアー料金が含まれていますが、別料金でより動物に近づけるオフロード・サファリを体験することもできます。
私はサファリバスの窓際に陣取り、約40分のツアーに出発しました。
私はまだ、アフリカに行ったことがありません。
しかし写真で見て憧れていたどこまでも続くサバンナ……に近い光景が、目の前に広がっていました。
まず見えてくるのが、ラクダの群れ。
一匹がサファリバス近くまでやってきます。
そしてゆうゆうと歩くアンテロープ。
カバ、エミュー、ダチョウ。
川を渡って、シマウマ、キリンの群れ、岩のように眠るサイ。
自然の中で生きる動物たちはこんなにも堂々として見えるものなのかと、動物園にいるということを忘れるひと時でした。
ツアーが終わったら、今度は自分の足で探検しましょう。
ここには「African River Trail」「Australian Trail」「Wirribi Yaluk Trail」の3つのトレイルがあり、パンフレットによると、それぞれにかかる目安の時間は60分、20分、35分です。
まず、オレンジやピンク色のあまり日本で見かけない植物を見ながら「African River Trail」 を歩いてみると、灰色のベルベット・モンキー、カフェの近くにはカバ、そしてライオンたちがいました。
特に印象深いのが、一頭のライオンが空を背景に木の先端から遠くを眺める姿。
十分に「野生動物」本来の美しさを感じさせてくれました。
次は「Australian Trail」。
ここではコアラやエミューなど、オーストラリアでおなじみの動物たちを、他の動物園よりもより広い空間の中で眺めることができます。
コアラは想像していたよりも大きく、丸まると愛らしいのですが、身体を伸ばすと獣らしさのようなものも感じます。
ほかにも「Bandicoot Hideout」という暗室の屋内施設で、鼻先がとがった愛らしい小さな動物を見ることもできます。
「Australian Trail」の奥にあるのが「Wirribi Yaluk Trail」。
ここには動物が飼育されているわけではありませんが、森に入り川を目指して歩くと、羽が黒く頭が青い小さな鳥に出会いました。
ハチドリに負けない、宝石のような輝き。
鳥の声を聞きながらの木陰の道は、疲れをふっとばしてくれました。
動物園を出て、時間があればぜひ寄りたいのがローズガーデン。
動物園から歩いて20分くらいの位置にあるので、園を出るときに、入り口のインフォメーション・センターで地図をもらうといいでしょう。
私が訪れた2月下旬には、赤、ピンク、オレンジ、黄色、白、紫、それらが組み合わさった、ありとあらゆる種類のバラが咲いていました。
中心のあずまやに向かってバラの道を歩けば、その多様性に驚かされます。
規模も大きく、庭園自体がバラの形をしていて、見応えがあります。
その向かいには牧畜で財をなした一家の個人邸宅「ザ・マンション」があり、中は当時の栄華をしのばせる家財の置かれた博物館になっています。
それらの調度品は決してギラギラした豪華さではないものの、牧畜がもたらした上流の暮らしを存分に感じさせます。
敷地内には美しく手入れされた庭、池、カフェなどもあるので、ローズガーデンと合わせ、動物園とは別の日にゆっくり訪れるのもよいかもしれません。
動物園に「いない」動物たちの物語
さて、これらの動物園をめぐり、日本では見られないような動物を見て、それで終わり……にしてもよいのですが、そこに「いない」動物たちに目を向けてこそ大人の遠足というもの。
日本の動物園の人気者といえば、パンダ、ライオン、トラ、オカピ、ゾウ、などなど。
そして他にももっと身近な動物、子どものふれあいコーナーなどを思い浮かべると、ウサギやヒツジもいるのではないでしょうか?
牧羊がさかんなオーストラリアでヒツジが珍しくないのは言うまでもありませんが、愛くるしいウサギまで動物園にいないのはなぜでしょう。
その答えを明確に知ることはできませんが、私はこう推測しています。
ウサギがオーストラリア人にとって、「害獣」だからではないかしら……。
以下、藤川隆男『オーストラリア 歴史の旅』(朝日選書、1990年)をもとに話を進めますと、オーストラリア史におけるウサギの種としての波瀾万丈ぶりは相当なもの。
もともとイギリス人が放ったウサギがオーストラリア周辺の島々に定着し、後に本土でも見られるようになりますが、これらは大繁殖するにはいたりませんでした。
「オーストラリアに本来存在した生態系が健全に機能している限りは、ウサギの大繁殖は起こらなかった」(上掲書より引用)とのこと。
しかし19世紀の半ば、イギリス上流階級のスポーツであるウサギ狩りを楽しむために、オーストラリアに野生のアナウサギが導入されると、事情が変わってきます。
牧場はウサギの繁殖に適していました。
牧畜を営む人々が、羊や牛を守るためにディンゴやヤマネコなどの撲滅をはかり、ウサギの天敵のいない土地になったからです。
そして大繁殖が起こり、オーストラリアの人々はあの手この手を使ってウサギの数を減らそうとしたり、ラビット・フェンスという途方もなく長い柵を設置したりして、ウサギ対策に苦慮しました。 (余談ですが、『裸足の1500マイル』という映画は原題を“Rabbit Proof Fence”といい、同化政策のもと親元から理不尽に引き離されたアボリジニの少女たちが、このラビット・フェンスを伝って故郷に帰るという、実話をもとにした作品です。)
1950年代にウイルスを導入して90パーセントものウサギを減らしたと推定されているようですが、その後も対策に頭を悩ませたようです。
牧羊業者を悩ませたのはウサギだけではありません。
カンガルーも同様に、天敵の少なくなったこの土地で繁殖し、大虐殺の対象となり、その皮は輸出製品となり、肉は食用となり……。
しかしカンガルーはウサギと違い、国家のシンボルとしての地位も確立しており、動物園でも人気の種といえましょう。
《一つの動物のイメージが、一つの国のイメージとこれほど深く結合した例はおそらくないであろう。それにもかかわらず、世界でカンガルーほど迫害されてきたナショナル・シンボルもないように思われる。》(上掲書より引用)
そうそう、カンガルー肉については、日本も無関係ではありません。
1960年の新聞には、牛・豚肉不足の日本で需要が増加し、ソーセージなどを作るため大量に輸入していた日本の会社もあった、と書かれていたとか。
私たちも知らないうちに、カンガルー肉を食べているのかもしれません。
……などと考えながら、のんきに背中をかきむしるカンガルーを見るのも、また一興?
(ライター:NAO)